こんにちは!哲学が好きなんだけど、専門家でも研究者でもない、ただのファンが好き勝手に語るブログへようこそ。
前回『さみしい夜にはペンを持て』の感想を書いたとき、最後に「続編はまだ1ページも開いていません」と白状していました。その続編『さみしい夜のページをめくれ』を、ようやく開きました。……そして、あっという間に読み終わってしまいました。
「本を読まなきゃと思うのに、どうしても続かない」「自分は読書に向いていない人間なんだ」——そう感じたこと、ありませんか。私は長いあいだ、まさにそう思っていました。でもこの本を読んで、その思い込みがかなり揺らいでいます。今日は私なりの読み方をシェアしてみたいと思います。解釈が間違っているかもしれませんが、それもまた哲学の面白さということで!
『さみしい夜のページをめくれ』ってどんな本?
著者は前作と同じく古賀史健さん、絵も前作に続いてならのさんです。『嫌われる勇気』の古賀さんが、13歳に向けて書いた『さみしい夜にはペンを持て』の第二弾にあたります。
前作で中学2年生だったタコジローは、今作では中学3年生。進路のことで迷っていて、「どうして勉強しなきゃいけないの?」という気持ちを抱えています。そんなとき、おまつりの帰りに出会うのが、あやしいヒトデの占い師。その屋台は、本の中のことばで占ってくれるお店でした——というところから物語が始まります。
前作のテーマが「書く」ことだったのに対して、今作のテーマは「読む」こと。目次を眺めると、第5章が「本を選ぶことは、あしたの自分を選ぶこと」、第6章が「本棚のなかに描かれてゆくもの」となっていて、私はこの2つの章題だけで、この本が何を手渡そうとしているのかが伝わってくるように感じました。
351ページと前作よりさらに厚みがありますが、会話を中心に進むので、ページをめくる手が止まりませんでした。前作に続いて、本当に面白かったです。
※書誌情報:古賀史健 著/ならの 絵『さみしい夜のページをめくれ』ポプラ社/2025年3月19日発売/351ページ/単行本 税込1,760円(Kindle版1,584円・Audible版あり)
※価格・仕様は2026年9月時点の情報です。最新の情報は販売ページでご確認ください。
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本が読めないのではなく、まだ出会えていないだけ
この本を読んで、私にいちばん刺さったのはここでした。読書が苦手な人は「本を読めない人」なのではなく、「まだ自分に合う本に出会えていない人」なのかもしれない——私はそう受け取りました。
読みながら、何度か手が止まりました。このブログの最初の記事に書いた悩みが、まさにこれだったからです。
大学生の頃、姉から借りた小説がまったく読み進められず、友人に薦められた本でも同じことが起きて、私は「自分は本が読めない人間なんだ」と、静かに読書を諦めてしまいました。その経緯は哲学書を好きになった理由|読書嫌いだった頃の話に書いています。
でも今振り返ると、読めなかったのではなく、出会っていなかっただけなんですよね。当時の私にとって「読書=小説」で、それ以外の本がこんなにあることすら知りませんでした。しかも、出会うための行動もしていませんでした。書店にも図書館にも、積極的には足を運ばない。社会人になってたまたま立ち寄った本屋さんで、ようやく「小説以外の本」の存在に気づいた——というのが、私の遅すぎる出会いの始まりです。この「見えていなかった棚」の話は、哲学入門に子ども向けの科学の本がいい理由|大人こそ読みたい2冊でも少し書きました。
つまり私は、自分に合う本に出会うのが、人より少し遅くなっただけ。それに気づかないまま「読書が苦手」という看板を自分で掲げていたのだと思います。「苦手」という自己診断は、実は「まだ探していない」の言い換えだったのかもしれません。
本を選ぶことは、「先生」と「教科書」を自分で決めること
もうひとつ、なるほどと思ったのが「なぜ本を読むのか」という問いへの向き合い方です。
私なりにまとめると、こうなります。自分で書店に行き、いろいろな本を手に取って、「この本にしよう」と決める。それは、教わる人(著者)を自分で選び、学ぶこと(本の内容)を自分で決めている、ということです。本の紹介文にも、「どこで学ぶか」より「だれに学ぶか」が大切、という項目が挙がっています。
学校の勉強は、そうはいきません。「これを勉強しなさい」と、教わる人も内容も先に決められています。嫌々やる勉強と、自分で選んだ本から学ぶことは、出発点がまったく違うんですね。
考えてみると、書店というのは不思議な場所です。何万人もの「先生」が背表紙を並べて待っていて、誰に教わるかを私が選んでいい。しかも途中で合わなければ、別の先生に乗り換えてもいい。学校ではまず許されない自由です。
「勉強する意味」については、学校の勉強は役に立たない?哲学で考えてみたで別の角度から考えたことがあります。今作を読んで、そこにもうひとつ答えが加わった気がしました。私たちが嫌だったのは、勉強そのものではなく、「選べなかったこと」のほうだったのかもしれない、と。
本棚は、自分で描いていく自画像
そして、この本でいちばん深いと感じたのが本棚の話です。
自分で選んだ本が、部屋の本棚に少しずつ溜まっていく。そうして並んだ本棚は、やがてその人の自画像そのものになっていく——私はこの部分をそう読みました。第6章の「本棚のなかに描かれてゆくもの」という章題は、たぶんこのことなのだと思います。
私自身もいまの本棚にどんなジャンルが並んでいるか、ここ1年で増えた本は何か、を改めて見てみました。この1年は特に仕事に精を出した1年でもあったので、仕事関係や、自己啓発、論理的思考の本などが多かったです。常に何かを考えることや、自分の考えの答え合わせが好きなんだろうなという自己分析に至りました。
サルトルの「実存は本質に先立つ」を思い出しました
この本棚の話を読んで、私の頭に浮かんだのがサルトルでした。サルトルには「実存は本質に先立つ」という有名な言葉があります。
彼は講演の中で、ペーパーナイフを例に出しています。ペーパーナイフは「紙を切るためのもの」という目的(本質)が先にあって、それに合わせて作られる。でも人間は違う。まず存在してしまって、そのあとで、自分が何者になるかを自分でつくっていく——私はそう理解しています。
本棚の自画像は、まさにその「自分でつくっていく」過程が、目に見える形になったものではないでしょうか。一冊選ぶたびに、自画像に一筆ずつ描き足していく。誰かに描いてもらった肖像画ではなく、自分で描いている自画像です。
もちろん、古賀さんがサルトルを意識して書いたのかどうかは、私にはわかりません。あくまで、いちファンの連想です。
「教養」と「耕す」は、もともと近い言葉だった
本書には、勉強を「自分を耕すこと」と表現する場面があります。
これを読んで思い出したのが、英語の culture(文化・教養)の語源です。もとはラテン語で「耕すこと」を意味する言葉から来ているそうです。古代ローマのキケロは、哲学を「魂を耕すこと」にたとえたとも言われています。
そう考えると、本を読んで教養を身につけるというのは、知識を詰め込むことではなく、自分という畑を、自分で選んだ種で耕していくこと。そして、その記録が本棚に残っていく。本書が語る「読む意味」は、私にはそんなふうに見えました。
前作は「書く」、今作は「読む」——2冊で1つの哲学
前作を読んだとき、私は「書く」ことで自分を知っていく本だと感じ、そこに哲学を見ました(『さみしい夜にはペンを持て』感想|日記が続かない大人にこそ)。
今作に感じたのは、それとは少し違う哲学です。本を読む。教養がつく。学ぶ。学ぶものを自分で選んでいく。つまり、自分自身は自分でつくっている。そしてそれは、自分の本棚に表れる——。
出版社の紹介では、前作が「自分との人間関係」を築く本、今作が「広い世界との人間関係」を築く本、という位置づけになっています。書くことで自分の内側に潜り、読むことで外の世界に扉を開く。2冊を並べると、「自分は何者か」という同じ問いに、内と外の両側から近づいていくシリーズなのかもしれません。
13歳にも、読書が苦手な大人にも読んでほしい
この本は13歳に向けて書かれた本です。だからこそ、ぜひその年代の子に読んでほしいと思いました。早い時期に自分に合う本に出会えたら、その後の人生はきっと豊かになるはずだからです。
……と書きながら、少し引っかかっていることがあります。以前の記事で私は「10代の私に哲学書を渡しても、3ページで放り出していたと思う」と書きました。それと矛盾するようですが、この本なら違ったかもしれない、とも思うのです。
この本は「この本を読みなさい」と特定の本を差し出すのではなく、自分に合う本の探し方、選び方を手渡してくれる本だからです。哲学書そのものではなく、哲学書にも、それ以外の本にもたどり着くための地図。10代の私に必要だったのは、たぶん本そのものより、こちらのほうでした。
そして前作と同じく、読書が苦手な大人にもおすすめしたいです。内容がスッと入ってきて、「本を読む意味」がよく理解できます。
こんな方に合うと思います。
- 本を読みたいのに、途中で挫折してしまう方
- 「自分は読書に向いていない」と思っている方
- 書店に行っても、何を手に取ればいいかわからない方
- 中高生のお子さんに、勉強や読書の意味をどう伝えるか迷っている方
- 前作『さみしい夜にはペンを持て』を読んで、よかったと感じた方
気になった方は、ぜひ手に取ってみてください。
通勤中なら、Audibleで「聴く」のもあり
前作と同じく、この本もAudible版があります。今作のナレーションは相沢実奈さんで、再生時間は6時間54分です。
タコジローと占い師の会話で物語が進むので、音声との相性はいいと思います。満員電車で本を開けない日や、家事をしながらの時間にも向いています。本を読むのが苦手なお子さんに、まず「聴く」から入ってもらうのも一つの手かもしれません。
Audibleは時期によって無料体験やキャンペーンが用意されていることがあるので、気になる方は登録前に条件を確認してみてください。
まとめ:本棚を眺めると、自分が見えてくる
『さみしい夜のページをめくれ』は、「読書が苦手」だと思っている人に、「あなたは読めないのではなく、まだ出会っていないだけかもしれない」と教えてくれる本でした。そして、本を選ぶことは学ぶものを自分で選ぶことであり、その積み重ねが本棚という自画像になっていく——私はそう読みました。
繰り返しになりますが、私の読み方が正しいかどうかは正直わかりません。でも、自分なりに考えてみること自体に意味があると思っています。それこそが、ソクラテスの「無知の知」的な楽しみ方じゃないかなと。
最後に、皆さんに聞いてみたいことがあります。皆さんの本棚には、いまどんな自画像が描かれていますか? そして、「この1冊に出会って読書が変わった」という本があれば、ぜひコメント欄で教えてください。次に私が出会う本は、その中にあるかもしれません!


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