哲学入門に子ども向けの科学の本がいい理由|大人こそ読みたい2冊

こんにちは!哲学が好きなんだけど、専門家でも研究者でもない、ただのファンが好き勝手に語るブログへようこそ。

前回の記事で、現代の学問の多くが哲学から枝分かれしていった、という話を自分なりに整理してみました。書き終えてから、その関係をもう一度、今度は科学の側から確かめてみたいと思うようになりました。

それともうひとつ。このブログを読んでくださる方の中には、「哲学に興味はあるけれど、何から読めばいいのか分からない」という方も多いのではないかと思っています。せっかくなので、そういう方に自信を持って薦められる本も同時に探してみることにしました。

で、あれこれ書店をうろついた結果——私が手に取ったのは、子ども向けの科学の本でした。今日はその話をさせてください。解釈が間違っているかもしれませんが、それもまた哲学の面白さということで!

本を探すときに、私が置いた2つの条件

今回の本探しには、自分なりに2つの条件を決めていました。

  1. 哲学と科学のつながりが見えること(前回の整理を、実際の中身で確かめたい)
  2. これから哲学に触れる方に薦められること(最初の20ページで挫折しない)

この2つを持って、まずは大人向けの入門書コーナーを一通り見て回りました。良さそうな本はたくさんあったのですが、正直に言うと、条件2で引っかかるものが多かったです。「入門」と書いてあるのに、最初のページから知らない人名と用語が並んでいる本、けっこうありませんか。

私自身、以前それで一度つまずいた経験があります。それを人に薦めるのは、さすがに気が引けました。

それで、ふと足を向けたのが児童書の棚でした。結論から言うと、ここが正解だったと今は思っています。

実際に手に取った2冊

『10歳からの科学の常識100 文系の池上彰が教える』

池上彰さんによる、小学館から2025年に出た1冊です(240ページ)。「朝食を食べる子は学力が高い?」「地震雲は科学的根拠がある?」「コラーゲンを食べると肌がぷるぷるに?」といった問いに、クイズ形式で答えていく構成になっています。

タイトルに「文系の」と入っているのが、私にとっては決め手でした。文系出身の池上さんが、理系の「むずかしい」を「わかる!」に変換してくれる。哲学から科学へ橋を渡ろうとしている今の私には、これ以上ない立ち位置の本に見えました。

紹介文には、科学的な考え方や論理的思考が養われる、といったことも書かれています。この「考え方のほうを扱う」という姿勢は、まさに哲学が得意としてきた領域と重なる気がしています。

実際に読んでみて、まず思ったのは「これ、大人がかなり勉強になるやつでは?」ということでした。構成は1つの見開きに1つの問い、そしてその結論。これが最後まで徹底されているので、とにかく読みやすい。隙間時間に1見開きだけ、という読み方ができるのはありがたかったです。

内容は、科学的な考え方から始まって、気象、地学、物理、化学、生物、環境問題と、ジャンルごとにきれいに整理されています。自分がどの分野の話に食いつくのかが見えてくるので、次に何を読もうか考える材料にもなりました。

あと、これは完全に余談なのですが、イラストがなかなかシュールです。池上彰さんのご本というと硬い印象を持っていたので、いい意味で裏切られました。子どもが興味を持って手に取れるように工夫されているのだと思いますが、大人が読んでも普通に楽しい。こういう入り口の作り方は素直にすごいなと感じました。

そして、私が一番「おっ」となったのは冒頭部分です。科学がどう発展してきたかを説明するくだりで、哲学者の名前がいくつか出てきます。詳しく掘り下げられているわけではないのですが、科学が古代ギリシャの哲学から枝分かれしてきたことが、ちゃんと分かる書き方になっている。前回の記事で自分なりに整理したことを、科学の側から裏づけてもらったような気分でした。

もうひとつ。この本の姿勢そのものが、私にはとても哲学的に見えました。世間で「常識」とされていることに対して、「それ、本当に因果関係があるの?」と一つひとつ問い直していく。当たり前を疑うところから始めるという意味で、やっていることはソクラテスとそう遠くない気がしています。……と言うと大げさでしょうか。でも、私はそう受け取りました。

児童書ではありますが、大人が読んでも損はまったくありません。個人的には、むしろ大人にこそ薦めたい1冊です。

『くらべてわかる! 進化のひみつ 人間やめて、動物になってみた』

もう1冊は、澤田トラジさんの著書で、『ざんねんないきもの事典』などで知られる今泉忠明先生が監修されている児童書です。

「ヒトデになって心臓をなくしてみたら?」「イヌワシになって空を飛んでみたら?」というふうに、人間と動物をくらべながら、体のつくり・五感・くらし方・コミュニケーション・愛・心・生き方について考えていく本です。

この本を棚から抜いたとき、私は思わず二度見しました。紹介文の冒頭に、こう書かれていたからです。「「人間」って、なんだろう?」。

児童書の図鑑コーナー付近に置かれているのに、掲げているのは哲学が何千年も手放していない問いそのものです。しかも扱うテーマに「心」や「愛」や「生き方」まで入っている。前回の記事で「学問はもともと哲学から枝分かれした」と書いたばかりの私にとって、これは狙って探しても出てこないくらい分かりやすい実例でした。

正直に書くと、読んでいる最中は「哲学や科学の要素そのものは、思ったより少ないかな」と感じていました。冒頭の説明にもあるとおり、この本は素朴な疑問を動物学的な視点から見ていく本です。難しい理論が出てくるわけではありません。

それでも、貫かれている大テーマは「人間ってなんだろう?」。これはもう、まぎれもなく哲学の問いです。

面白いのは、その入り口が誰でも一度は考えたことのある疑問だという点です。「あー、猫っていいな。1日寝てるだけだもん。猫になりたい」——これ、思ったことありませんか。私は何度もあります(犬派の方は犬に置き換えてください)。そのぼんやりした願望を、この本は「じゃあ実際に猫になったらどうなるのか」と、人間と動物を具体的に比べながら検証していきます。

読み終えて気づいたのは、このアプローチ自体が極めて哲学的だということでした。人間の当たり前をいったん手放して、動物の側から人間を見つめ直す。視点をずらすことで、これまで疑いもしなかった「人間の常識」が急に不思議なものに見えてくる。哲学が昔からやってきたことと、やり方はかなり近いんじゃないかと私は解釈しています。

「人間ってなんだろう?」「幸せってなんだろう?」——そんなふうに感じた瞬間があったなら、それはもう哲学の入り口に立っているのだと思います。この本は、その最初のひと押しをしてくれる存在でした。

そしてこれは児童書なので、お子さんと一緒に読めるのも大きな魅力です。親子で哲学や科学に触れるきっかけとしては、かなり良い1冊なんじゃないかなと思っています。

なぜ子ども向けの本が、哲学の入り口に向いていると思ったのか

2冊を読みながら、私なりに理由を3つ考えてみました。あくまで個人的な見解ですが、書いておきます。

①「問い」の形で書かれている

子ども向けの本は、たいてい問いかけから始まります。「〇〇ってなんだろう?」「もし〇〇だったら?」——この形式、哲学の作法とほとんど同じではないでしょうか。

哲学書が難しく感じられるのは、内容そのものより「先に答えらしきものが提示される」構成のせいもある気がしています。その点、問いから入る本は、読者が一緒に考える隙間を残してくれます。

②ごまかしが効かない

難しい言葉で煙に巻けないぶん、書き手が本当に理解していることしか書けない。だから大人が読んでも、輪郭がはっきり見えるのだと私は解釈しています。

③学問がまだ分かれる前の姿に近い

これが個人的に一番面白かった点です。子ども向けの本は、「これは生物学の話、ここからは倫理の話」と線を引きません。動物の体のつくりの話から、そのまま「心とは何か」に進んでいきます。

これって、学問がまだひとつの「哲学」だった頃の姿に近いんじゃないかなと。大人向けの本は、専門分野ごとに丁寧に整理されているぶん、その地続き感が見えにくくなっている気がします。

学問と哲学の関係については『哲学から派生した学問まとめ|全部哲学が始まりって本当?』で整理しています。

子ども向けの哲学・科学の本、増えていませんか?

ところで、児童書の棚に立って驚いたことがあります。子ども向けの哲学や科学の本、やたらと充実していませんか?

「10歳からの」「こども〇〇」と冠のついた本が何列も並んでいて、しかも中身が驚くほど本格的です。私が子どもだった頃、こんなに選択肢があった記憶はありません。

……と言いたいところなのですが、正直に告白すると、これは私が気づいていなかっただけという可能性が高いと思っています。以前の記事にも書いたのですが、私の中には長いあいだ「読書=小説を読むこと」という、かなり強固な思い込みがありました。

だから書店に行っても、足が向くのは文芸の棚だけ。児童書や科学の棚は、視界には入っていたはずなのに、まったく「見えていなかった」わけです。世の中には他にも面白い本が山ほどあると知ったのは、恥ずかしながら大人になってからでした。

本が増えたのか、自分の見え方が変わったのか。おそらく両方なのでしょうが、後者の割合のほうが大きい気がしています。

もし、もっと早く哲学に出会っていたら

ここで、たまに考えてしまうことがあります。もし10代の私が哲学書に出会っていたら。もし自分の好みのジャンルを早くに知っていたら。今の人生は、どうなっていたんだろう——と。

大人になってから「自分は哲学が好きらしい」と気づいた私は、いま勉強することが素直に楽しいです。誰にも強制されず、テストもなく、好きな本を好きなだけ読んでいい。だからこそ、若い頃に知っていたら、もっと早くから机に向かっていたんじゃないか、と思ったりもします。

……ただ、正直に書いておくと、たぶんそうはならなかったと思います。

だって、所詮わたしはわたしです。10代の私に哲学書を渡したところで、3ページで放り出して遊びに行っていたはずです。今こうして面白がれているのは、これまでの回り道や、生活の中で抱えたモヤモヤがあったからで、それを飛ばして知識だけ先に受け取っても響かなかったんじゃないかなと。

「もっと早く知っていれば」は、裏を返せば「早く知っていれば自分はもっとすごい人間になれたはず」という、自分への過度な期待でもあります。過去の自分に期待しすぎると、今の自分が常に減点法になってしまう。個人的には、あまり健康的な考え方ではないと感じています。

「大人の脳のほうが勉強に向いている」という話

そんなことを考えていて思い出したのが、以前読んだ加藤俊徳さんの『一生頭がよくなり続ける すごい脳の使い方』(サンマーク出版)という本です。

脳内科医である著者によれば、記憶力の低下やもの覚えの悪さは、加齢による脳の老化が原因ではないとのこと。むしろ大人の脳は学生時代より「いい状態」になっていて、30代も40代も50代も、学生時代より勉強するのに適した時期なのだそうです。

私の記憶では「40代あたりが最高の状態」という印象が強く残っていたのですが、読み返すともう少し広く「大人の脳全般」の話でした。このあたりは私の受け取り方の偏りかもしれません。

いずれにせよ、この本を読んだときは救われた気持ちになりました。もちろん、これはあくまでこの本の主張であり、私はそれを検証できる立場にはいません。ただ、事実がどうであれ、今から始める言い訳としては十分すぎるほど強力でした。

ちなみに調べてみたら、この本には『一生頭がよくなり続ける もっとすごい脳の使い方』という続編が出ていました。これは読むしかないですね。読んだらまた記事にします。

こんな方に、この2冊をおすすめします

  • 哲学に興味はあるけれど、何から読めばいいか分からない方
  • 入門書を買ったのに、最初の20ページで挫折した経験がある方
  • 文系だけど科学に興味が出てきた(あるいはその逆の)方
  • 隙間時間に少しずつ、気楽に知識を増やしたい方
  • お子さんと同じ本を読んで話をしてみたい方

いい大人が児童書コーナーに立つのは、正直ちょっと気恥ずかしさもありました。でも、哲学の入り口を探すという目的で読んでみると、これは大人こそ得をするやつだと感じています。イラストが多いので、疲れている日でも開けるのも助かります。

気になった方は、よかったらこちらからどうぞ。

まとめ:入り口は、意外なところにある

哲学と科学の関係を確かめたい。そして、これから哲学に触れる方に薦められる本を見つけたい。その2つの目的で探した結果、私がたどり着いたのは子ども向けの科学の本でした。

問いの形で書かれていて、ごまかしが効かず、学問の線引きがまだ引かれていない。振り返ってみると、この3つはどれも哲学そのものの性質に近い気がしています。入り口は、思っていたより意外なところにありました。

そして、この2冊を読んだことで、次に書きたいことがはっきりしました。哲学と科学は、いつ、何をきっかけに分かれたのか。ニュートンが自然哲学と呼んでいたものが科学になった、その境界線を次回じっくり掘り下げてみたいと思います。

前回の記事:『哲学から派生した学問まとめ|全部哲学が始まりって本当?』

繰り返しになりますが、私の考えが正しいかどうかは正直わかりません。でも、自分なりに考えてみること自体に意味があると思っています。それこそが、ソクラテスの「無知の知」的な楽しみ方じゃないかなと。

皆さんが哲学に興味を持ったきっかけは、どんな本や出来事でしたか? 意外な入り口だったという方のお話、ぜひコメント欄で聞かせてください!


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