哲学と科学の違いは?|いつ分かれたのか調べてみた

こんにちは!哲学が好きなんだけど、専門家でも研究者でもない、ただのファンが好き勝手に語るブログへようこそ。

ようやく、です。3回にわたって「次は哲学と科学の境界線を掘り下げます」と予告し続けて、そのたびに寄り道をしてきました。今日こそ、その話をさせてください。

ずっと引っかかっていたのは、この疑問でした。ニュートンが「自然哲学」と呼んでいたものは、いつ、何をきっかけに「科学」になったのか。

調べはじめてすぐ、予想外の事実にぶつかりました。そもそも「科学者」という言葉自体が、かなり新しいのです。しかも誕生の瞬間には、ちょっとした事件がありました。今日はその話から始めます。解釈が間違っているかもしれませんが、それもまた哲学の面白さということで!

前回までのおさらい(1分で)

先に、ここまでの流れを短くまとめておきます。

  1. 古代ギリシャでは、星の動きも物の成り立ちも正しい国のかたちも、全部ひっくるめて「哲学(知を愛する営み)」だった
  2. 17世紀以降、実験や数式という道具を手にした分野が「科学」として独立していった
  3. でも枝分かれして終わりではなく、どの学問も行き詰まると哲学のところに戻ってくるらしい

この見取り図は『哲学から派生した学問まとめ|全部哲学が始まりって本当?』で図にしています。今日はこの2番目、「独立していった」の部分を拡大鏡で見る回だと思ってください。

「科学者」という言葉は、1833年に生まれた

まず、調べていて一番びっくりしたことを書きます。

英語の scientist(科学者)という単語が登場するのは、1833年のことなのだそうです。ニュートンが『自然哲学の数学的諸原理』を出したのが1687年ですから、その約150年後。つまりニュートンは、生涯一度も「科学者」と呼ばれたことがないわけです。

では当時、科学をやる人は何と呼ばれていたのか。natural philosopher(自然哲学者)、あるいは「科学に携わる人」といった言い回しでした。呼び名の上では、まだ哲学の家の住人だったんですね。

きっかけは、詩人が放った一言だった

この言葉が生まれた場面が、個人的にはかなり好きです。

1833年、ケンブリッジで英国科学振興協会という団体の会合が開かれました。そこに、詩人のサミュエル・テイラー・コールリッジが姿を見せます。彼は、居並ぶ面々に向かってこんな趣旨の異議を唱えました。「化石を掘ったり電気の実験をしたりしている人たちを、哲学者と呼ぶのはふさわしくない」と。

なかなか手厳しい。会場はざわついたそうです。

これに応じたのが、ウィリアム・ヒューウェルという人物でした。ケンブリッジの学者で、のちに科学哲学の先駆者とも呼ばれる人です。彼はコールリッジの言い分を受け入れたうえで、こう提案します。「artist(芸術家)にならって、scientist と呼んではどうだろう」。

これが「科学者」の誕生の瞬間です。活字になったのは翌1834年、ヒューウェルが無記名で書いた書評の中でのことでした。

しかも、当時はあまり受けが良くなかった

もっと面白いのはここからです。

ヒューウェル本人が、その書評の中で「この案はあまり歓迎されなかった」という趣旨のことを書き残しているのです。しかも自分の提案だとは名乗らず、「ある機知に富んだ人物が提案した」という他人事のような書き方で。

そして実際、scientist という呼び名が広く受け入れられるまでには、そこからおよそ100年かかったといわれています。

私はこのエピソードを、とても示唆的だと感じました。哲学と科学は、ある日きれいに切り分けられたわけではなかった。むしろ「自分たちを何と呼ぶべきか」という、身も蓋もない呼称の問題から始まって、100年かけてじわじわと別の名前に落ち着いていった。教科書に載っているような鮮やかな分岐点ではなく、もっと人間くさい揉め事だったわけです。

ちなみに英語の science も、もとは「知識・学問」全般を指す言葉で、今のような「自然科学」の意味に絞られていったのは19世紀以降のことだそうです。言葉のほうが、実態に遅れて追いついてきた感じがします。

では、何が哲学と科学を分けたのか

呼び名が変わった背景には、当然ながら中身の変化がありました。私なりに整理すると、大きく2つだったように思います。

①「実験と数式」という道具を手に入れた

ひとつは道具です。頭の中だけで考えるのではなく、実際に測って、条件を変えて試して、数式で書く。この方法を手に入れた分野は、議論が先に進むようになりました。

ここが決定的だと思うのは、「決着がつくようになった」という点です。哲学の議論は、2000年経っても同じ問いが生き残ります。でも「この物体は何秒で落ちるか」なら、測れば終わる。同じ実験をすれば誰がやっても同じ答えになる。

②「答えが出せる問い」だけを引き受けた

そしてこちらが、私には本題に見えました。

決着をつけられる方法を手に入れたということは、裏返せば「その方法で決着がつく問いだけを扱う」と決めたということでもあります。

「物はなぜ落ちるのか」は引き受ける。でも「そもそもこの宇宙はなぜ在るのか」は引き受けない。「脳のどこが活動しているか」は測る。でも「なぜそれに“痛い”という感じが伴うのか」は測れない。

科学が独立したというのは、新しい領土を獲得したというより、扱う問いの範囲を自分から限定したということなのかもしれない。私はそう読みました。そして限定したからこそ、あれだけ速く進めた。残された問いのほうは、そのまま哲学の側に置かれ続けている——という構図です。

この「限定」という発想、どこかで見たなと思ったら、以前書いた『学校の勉強は役に立たない?哲学で考えてみた』の話と裏表でした。あちらは「役に立つ」という物差しの話でしたが、こちらは「測れる」という物差しの話。どちらも、物差しを決めた瞬間に、そこから外れるものが生まれるという構造は同じに見えます。

「どこまでが科学か」は、今も哲学の問題です

ここで、私にとって一番の発見だったことを書きます。

哲学と科学の境界線をどこに引くか。この問いには「線引き問題」という名前がついていて、科学哲学という分野のれっきとしたテーマなのだそうです。

つまり、私がここ数記事ぼんやり悩んでいたことは、すでに専門家が100年単位で議論している論点だったわけです。……恥ずかしいような、嬉しいような。

ポパーの「反証可能性」

この線引き問題でよく知られているのが、カール・ポパーという哲学者の出した基準です。反証可能性と呼ばれます。

言い方はいろいろありますが、私が理解した限りでは、こういう話でした。

「もしこの理論が間違っているとしたら、どんな結果が出るはずか」を先に言えるかどうか。

これが言える理論は科学の側。言えない理論は、科学の外側。ポパーはそう考えました。

ここが直感に反していて、私はしばらく考え込みました。ふつう、強い理論というのは「何でも説明できる理論」だと思うじゃないですか。でもポパーに言わせると、逆なんですね。何が起きても後から説明できてしまう理論は、強いのではなく、間違えようがないだけ。間違えようがないものは、確かめようもない、と。

自分から「こうなったら私の負けです」と宣言できることが、科学の強さの条件だという考え方。これはけっこう、しびれました。

なお、この反証可能性も今では万能の基準とは見なされていないようで、後の哲学者からさまざまな批判が出ています。境界線は、引かれて終わりではなく、今も引き直され続けているということなんだと思います。

私なりの結論:境界線は「引かれた」のではなく「引かれ続けている」

ここまで調べて、自分の中での答えはこうなりました。あくまで一ファンの整理ですが、書いておきます。

  • いつ分かれたか:17世紀に方法として、19世紀に呼び名として。どちらも「ある日きっぱり」ではなく、じわじわと
  • なぜ分かれたか:決着をつけられる方法を手に入れ、その方法で扱える問いに範囲を絞ったから
  • 今どうなっているか:どこに線を引くべきかという問い自体が、いまだ決着していない

そして一番面白かったのは、この境界線を引く作業そのものは、科学の仕事ではないという点でした。「科学とは何か」という問いは、実験では答えが出ません。測れないからです。だから結局、哲学が引き受けることになる。

親元を出ていった子どもの、その家の境界線を、いまも親が測っている。前回の記事で「哲学は親、各学問は独立した子ども」という図を描きましたが、この関係はもう少し複雑だったようです。

次に読む1冊:『科学哲学の冒険』

今回いろいろ調べていて、「これは一度きちんと通しで読んだほうがいいな」と思った本があります。

戸田山和久さんの『科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法をさぐる』(NHKブックス/NHK出版/2005年1月/294ページ)です。

選んだ理由は3つあります。

ひとつめ。紹介文の冒頭が「『科学』と『トンデモ科学』はどこで区別するの?」なんです。今日の記事でいう線引き問題、そのものです。棚で見つけたとき、ちょっと笑ってしまいました。私が数記事かけてうろうろしていた場所に、最初から看板が立っていたわけです。

ふたつめ。文系読者に向けて、対話形式で書かれていること。先生と学生のやりとりで進んでいく構成だそうです。私は入門書で何度か挫折した人間なので、この形式はかなり安心材料でした。

みっつめ。294ページと、このジャンルにしては薄いこと。読み切れる厚さというのは、それだけで価値があると思っています。

正直に書いておくと、私はまだ読み始めたところです。なので中身の評価はできません。読み終えたら、あらためて感想を記事にします。ただ、今日の話を「もう一歩ちゃんと知りたい」と思った方には、私が今いちばん期待している1冊としてご紹介しておきます。

気になった方は、よかったらこちらからどうぞ。

なお、哲学の全体像そのものを先に掴んでおきたいという方は、以前ご紹介した『哲学用語図鑑』のほうが入り口としては軽いです。そちらは『哲学から派生した学問まとめ|全部哲学が始まりって本当?』の後半で触れています。もっと手前から、という方には『哲学入門に子ども向けの科学の本がいい理由|大人こそ読みたい2冊』もどうぞ。

まとめ:ニュートンは「科学者」ではなかった

3回の予告を経て、ようやくたどり着きました。

ニュートンは自分のことを科学者だとは思っていませんでした。そういう言葉が、まだ存在しなかったからです。彼が名乗っていたのは自然哲学者。その呼び名が揺らぎはじめるのは、彼の死からずっと後、1833年の会合で詩人が異議を唱えた日のことでした。

調べる前の私は、哲学と科学のあいだには、どこかに明確な一線があるのだと思っていました。でも実際に見つかったのは、線というよりだんだん薄くなっていくグラデーションと、「どこに線を引くべきか」を今も議論している人たちの姿でした。

繰り返しになりますが、私の整理が正しいかどうかは正直わかりません。専門家の方が読んだら、首をかしげる箇所もあると思います。でも、自分なりに考えてみること自体に意味があると思っています。それこそが、ソクラテスの「無知の知」的な楽しみ方じゃないかなと。

最後に、皆さんにお聞きしてみたいことがあります。あなたなら、哲学と科学の境界線をどこに引きますか? そして、その線の向こう側に置かれてしまう問いには、どんなものがあるでしょうか。

よかったらコメント欄で教えてください。私はまだ、自分の線を引けずにいます。


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